「憲法ひろば・杉並」スタート集会
「働けど働けどワーキングプア」

<若者からの報告>

その後、若者からの報告として、1)福祉の現場から、2)派遣職場から、3)あるイベント会社から と題して3人の方が報告しました。

◆ある介護現場から・・・Nさん。

小さな事業所で障害者や高齢者の介護をやるホームヘルパーを8年ほどしています。

大学を出て1年ほどアルバイトしながら仕事を探したのですが、なかなかみつかりませんでした。障害児のお世話をする活動を4年ほどつづいたのですが、福祉の世界にかかわりたいという気持ちがかたまって、ヘルパーの資格をとり、介護の事業所で働くようになりました。

日本人の平均年収約400万、都民の平均は約600万、一方、施設職員は約300万、ヘルパーはさらに低くて約200万です。しかし、たしかに収入は低い、それも制度がかわって、この1年さらに下がっています。月11−13万くらいです。年収200万を切ると大変厳しい。今後もこれで大丈夫かという不安はあります。

介護保険の見直しや障害者自立支援法などの制度変更で、一挙に人件費も下がり、人も削減された職場が多いです。ぼくの職場の多くが主婦か高齢者の年金生活者です。職場環境や職場の人間関係はとてもよくて最高なのですが、収入だけ不安があります。排泄や入浴の介護で大変ではありますが、ぼくは、なるべく長く今の職場で働きたいです。こんな状況では、この仕事は年金生活者か主婦しか無理だということになります。これはおかしい。ヘルパーだけでなく施設で働く人も大変です。何とかならなければ先が見れない。今日の集会で、何とかならないかではなく、何とかしなければならないと感じました。

◆ある派遣会社の実態・・・Tさん。

私は東京都のとある公共機関で、臨時職員として事務の仕事をしています。時給880円、交通費なし、ボーナスも昇給も、各種手当ても補償もありません。採用されたときには、それでも年間240日の勤務が保障されていました。しかし、数年前突然、雇用主から財政の逼迫を理由に、180日に削減されました。(でも、こなしている仕事量はまったく前と同じです。)更新は2カ月ごと。同じ部署に、今まではずっと勤務できたのですが、それだときっと正規職員に雇用しなければならない圧力がかかるのでしょう、1年(正確には11ヶ月)しか同じ部署に勤務できなくなりました。一ヶ月首を切ったという形にして、新しい部署で継続して雇うのです。他にも仕事をしなければ生きてはいけません。私は3社の人材派遣会社に登録しでいます。前日の5時くらいまでに電話をして、明日の仕事があるかないか、確認し、条件が合えば勤務を約束します。

この夏から、久々に継続して働ける派遣先がありました。東京近郊のある工場で、店に並ぶときには、ブランド品として並べられる商品の部品を製造していました。電話での条件の提示の時には、「自給850円、朝9時から夕方5時5分まで、交通費は300円まで出す」とのことでした。時給800円が相場なので、いい条件だと思い決めました。しかし、実際には、点呼等があるので50分早く来るように指示され、また交通費の足が出る分の460円を勘案すると、時給は683円になります。その上に、初心者料500円、安全料200円の700円が差し引かれます。850円×7時間一460円一500円一200円=4790円が一日の給料でした。仕事は、どこでもそうですが、死ぬほどきついです。部品の身と蓋を合体させるとか、鏡を磨くとか、袋つめ、箱詰めとか。ひとつひとつはまったくの単純作業で、誰にもできる仕事です。でもその速度と密度たるや、超人的です。全身がこむら返りしそうなほどになります。それは、10年も、20年もその道のべテランのパートさんたちの速度に合わせて、またパートさんたちが営々と築き上げてきた作業のやり方に従って、日雇いの派遣社員が働かされるからです。派遣の手元は滞った部品で大混乱。パートさんの辛らつな視線。私も一時、パートさんを恨めしく思ったり、仕事の遅い派遣の子にいらいらしたりしてしまいました。でも、それって何かおかしいです。パートさんたちの仕事量はここ数年で一気に増えたと言います。その上に慣れたパートを派遣に切り替えているそうです。2、3人の正社員が現場管理し、20人ほどのパートさんがラインの主軸を担い、その隙間を20〜30人の派遣が埋めます。季節の変わり貝には仕事が膨大になるので、派遣が雇われ、暇になると吐き出されます。パートも派遣も、正社員も、悪くありません。それほどに過密労働をさせている会社、さらには労賃の切り下げ競争をやっている世界にこそ、矛先は向けられるべきだと思います。仕事の終わりに、初めて会った派遣の人やパートの方と、仕事のきつさを嘆き、自分の境遇について話せたりすると、ほんとに嬉しいです。ほっとします。

今回は派遣会社から、500円と200円は取られませんでした。グッドウィルの問題が新聞に出ていました。そして、派遣会社の職員から、「今まであなたが契約していたのは請負会社だったので、500円と200円はとられましたが、今回から派遣会社になったので取られません。」と説明されました。この生活が、私が世の中を見るときの基盤です。

◆あるイベント会社から・・・・・・・Yさん

自分は以前、あるイベント・コンサート関連の会社に勤めていました。仕事はかなり過酷で、例を挙げると、60時間ぶつ通しで仕事したこともあります。その間は仮眠の時間は一切ありません。60時間も働くと、白い着物を着た女性がこの辺に見えるような幻覚が生じます。気づいたら首都高のセンターライン上を蛇行しながら走ったりしてました。こんな状態で家庭を持っている人はみな離婚しました。これでは結婚もできないし、子どもも育てられない。私は結婚していますが、このままでは駄目になると思い仕事をやめました。

その後、グッドウィルなどの派遣で働くようになりました。ここでは名前を呼ばれたことはなく、「オイ・オマエ・ハケン・バイト」としか呼ばれません。朝から晩まで奴隷のように働かされて人権なんてなく、また文句も言えない職場でした。自分も正規の時、こんな働き方をして自分を見失い、いらいらして、派遣の人をひどい扱いをしたかもしれません。

友人のほとんどが、福祉系の職場に勤めているのですが、そのほとんどがワーキングプア状態です。また、学生時代、福祉系の大学で友人たちは、「人の役に立ちたい」という純粋な気持ちで福祉の仕事に就こうと志すのですが、自衛隊に入る人が居てショックでした。

今、あらゆる分野で矛盾が噴出して特に青年が大変な目にあっています。友人の多くが、日々生きるのが精一杯で将来の展望なんてほとんどない状態です。こんな中でもまだ、最低限の生存権は守られていると思います。なぜかというと憲法があるからです。憲法があるからこそ、まだまともに生きるチャンスがあると思います。今、憲法が危なくなって、生きる権利をないがしろにされていますが、こんなときだからこそ憲法をより光り輝かせて、自分たち自身が憲法を大事にして、生きられる社会になればと思う。こんなときこそ、一致団結してこんな現状を変えられたら、未来は展望をもてるのではないかと思います。

<会場からの発言>

その後、会場からの意見を求め、様々な活動や企画したイベントなどの紹介する発言が相次ぎました。(1)12月20日の「日本の青空」の上映会 (2)9条世界会議の訴え (3)憲法ミュージカルの紹介 (4)杉並青年9条の会からの訴え (5)11・4集会への参加の訴え等、7人から発言がありました。

<まとめ>

そして、最後に主催者側からの呼びかけとして、司会をした関さんが、「この集会は『憲法ひろば・杉並』発足のスタート集会だが、日常生活の中で憲法とどう関わっていくかを通して憲法を考えていこうと会を作った。来年の一月下旬か2月上旬には再度、格差社会と9条をテーマに集会をやる予定だ。協力していただける方は会の賛同人にぜひなって下さい」と呼びかけました。そして、「世の中は変わらないのではないかと思ってきたが、雨宮さんの著書『生きさせろ』を読んで、自己責任だと言われてきたけど実はそうではないことが分かった。日常の中で少し見方を変えると本質が見えてくる。世の中面白い若者がいっぱい出てきている。ワーキングプアとかニートといわれるような、ひどい現状の中で、また新しいものが生まれている。苦しさの中での楽しみを共有していけたらいいなと思う。こんな活動に賛同する方がおられたら一緒に何かをしていきたい。新しい流れを作っていきたい。ぜひ参加を。」と呼びかけ、集会を終わりました。

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